忘れがたい逆紹介の患者さん・その1
2002.2月号
平成8年2月より当院機関誌「連携便り」に歯科のコラムの連載を開始して7年目を迎えました。連携医の皆様から興味深い患者さんを多数紹介いただ き、話題には事欠きません。エネルギーの尽きるまで、ネタの尽きるまで続けるつもりです。今後ともよろしくお願いいたします。
今月は、忘れがたい逆紹介患者さんのお話です。テーマに非常に重いものがあり、患者さんからは承諾を得てはいましたが、 ご紹介しようと思いつつ今までかかってしまいました。当院の病診連携システムが非常にお役に立ったものです。
皆様ご存じのように、当院の連携医制度には「逆紹介」という項目があります。今でこそ健保にも取り入れられておなじみの言葉となりましたが、これは当院 がオリジナルなのです。紹介状を持たずに当院を受診した患者さんのうち、地域の診療所でも対応が可能な方について、住居近くの連携医をかかりつけ医として 逆に紹介する制度です。当科では10人から15人ほどの患者さんを毎月、地域の先生方にお引き受けいただいております。
4年ほど前のことです。交通事故で頸椎を損傷し、寝たきり状態の方が虫歯でお困りで、何とかならないだろうかと、巡り 巡って私に相談がありました。事故の後遺症で首から下が麻痺して動かせず、呼吸も自力ではできないために人工呼吸器につながれているのだそうです。状況の 重大さはあらましを聞いただけで良く分かりました。訪問歯科診療が広まりつつあるとはいえ、気軽にお近くの連携医に逆紹介するというわけにはゆきません。 とにかく私自身が患者さんを拝見し、どのような状況であるかを具体的に確かめようと思い立ちました。患者さんのお宅は二子玉川園駅の近くでした。私の家か らは比較的近かったため、ある土曜日の午後、自転車に乗って患者さんを尋ねました。当科では訪問歯科診療で対応困難な患者さんをお引き受けしております (入院させても対応します)が、私自身が在宅の患者さんを訪問するのは初めてでした。
患者さんは40代の男性で、趣味のマウンテンバイクでサイクリング中、横断歩道上で免許を取り立ての若者が運転する車にはねられたのでした。1年8ヶ月 にもおよぶ病院生活を経て、自宅に戻されたのでした。医療機器の整備や家の改造など、自宅療養に当たって、ご家族は大変な準備をなさったに違いありませ ん。
きれいに整頓された彼の部屋に通されました。規則的な人工呼吸器の音が聞こえます。気管切開部にチューブが接続し、人工呼吸器に繋がっていますが、一時 的に回路を閉じることで会話は可能です。口腔内を診ると、何カ所か齲歯があり、冷水痛を感ずるとおっしゃいます。歯肉炎も顕著でした。当科には病棟や手術 室で使うためのポータブル切削器がありますが、これを持ち出して治療するわけにはゆきません。治療する能力はあるのに手を出せないことは非常にもどかしい ものです。
二子玉川は玉川歯科医師会の領域です。困ったあげくに当時の会長でいらっしゃった、上川務先生にご相談しました。
(来月に続きます)