GIFT


2013.9月号

 
 「こんにちは。」
私は一瞬、耳を疑いました。そして私が戸惑いを隠せない表情で彼の顔を見ると、
「このまましゃべらないのは、もったいないと思って、しゃべる機会をずっと待っていたんです。」
緊張しつつ、でも私の予測した通りの穏やかな声で、ゆっくりと話してくれました。

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 現在17歳の彼。14歳の時から通院しています。下の奥歯の痛みが受診のきっかけでしたが、医学的背景に自閉症があったことも、当科を選択された理由の一つでもありました。
 先天性の脳機能障害である自閉症は、一般に他人とのコミュニケーションをとることが難しいことで知られています。また、近年知られてきた高機能自閉症は、コミュニケーション障害のみであり、知能指数は知的障害の域に達しない幅広い発達障害をさすようになっています。会話のやり取りが上手く行えないことから、何を考えているのか伝わらず、それが障害の偏見につながっていることもあります。
 さて前述の彼ですが、治療に関しては優等生。
麻酔の注射には少々の葛藤の後、勇気を出して・・というところはありましたが、長時間の治療にもじっと耐えてくれました。そして毎回治療後に、すれ違ったスタッフ各々に、恥ずかしそうに無言で深々とお辞儀して帰るところが印象的でした。 彼は、こちらからの問いかけに頷いたり、首を横に振ったりはしましたが、自分の声で伝えてくることはありませんでした。色白の長身で、ジャニーズ系のかわいい顔でしたので、治療中のやり取りで思わず、発語を促してしまったこともあります。しかし、彼は頷くだけで声を出すことはありませんでした。
そして虫歯の治療も終わり、定期検診が数年続き、いつしか彼も少年から何だか髭が気になる青年になってきたな、と感じていたある日のこと、彼の初めての声が私の耳に飛び込んできました。そして、「しゃべる機会を待っていた」という言葉を聞いたとき、私はいろいろな思いが込み上げて、彼に飛びついて抱きしめそうになったことをいまだに覚えています。
 神様が、彼の声という素敵なGIFTをくださいました。忙しい日々の診療の中で、忘れかけていたことがあるのではないか、と改めて思い返すと共に、歯科衛生士としての喜びを感じさせて頂けた幸せな出来事でした。

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