コロナ禍であっても


2022.5月号
歯科口腔外科部長 長谷川士朗(はせがわしろう)


訪問歯科医の先生から、施設に入所されている70歳代女性患者さんをご紹介いただきました。アルツハイマー型認知症のため車椅子による移動で、ご主人が付き添っていらっしゃいます。寝たきりで体が硬くなっていますが、慣れた介助で診療台への移乗も問題ありません。ご本人からの発語はほとんどありませんので、コミュニケーションは一方向になってしまいますが、口腔内を触れることに極端な拒否はなく、歯科治療は可能な状況でした。口腔清掃は全介助ですので、施設の環境により口腔ケアの質は妥協的にならざるを得ないところですが、今回は進行した虫歯のために根管治療が必要となっていました。訪問歯科の先生からご依頼いただく患者さんの治療に関しては、可及的速やかに処置を完了したいので、可能であれば短期入院で集中治療を提案することがありますが、コロナウイルスの状況により入院加療の受け入れが難しく、外来通院をお願いすることになってしまいました。果たして認知症の患者さんに通院回数のかかる虫歯の治療が妥当なのか、歯を抜いて速やかに終了するべきか悩ましいところでしたが、食事は常食を無理なく摂取されているとお聞きしたので、歯の数を減らさない方針といたしました。ご主人の通院介助の負担も気になり、早く終了しなければと毎回思いながらも結局他の歯の治療を含め約3か月の治療期間がかかってしまいました。ようやく治療がひと段落した当日、御本人とご主人には待合のソファでお待ちいただき、私は報告書を作成し傍にいたスタッフに手渡すようお願いしました。次の患者さんの準備をしていると、ご主人が現れ「先生、一言よろしいでしょうか」と。「今、施設では面会ができないので、病院に連れてくることで毎回妻に会うことができました。ありがとうございました。」治療期間が長くなってしまったことで申し訳ない気持ちで一杯だった私は、一瞬呆気に取られてしまい声が出ませんでした。今回の通院加療が意外な面で貢献できたことに驚き、そして患者さんご本人も通院を機会にご主人と会えることを喜んでいたとすれば望外の喜びです。

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